表現者の憂鬱
尾崎 ビールを僕も飲もうかな(シャブリの入ったワイングラスを置いて)。
村上 こうやって飲んでるとおいしそうに見えるでしょ(ハイネケンビールを瓶ごとゴクリと飲む)。
尾崎 そうですね、ホップの苦味がなんかこう(笑)。
村上 本人はそうでもないんだけどね(笑)。チーズとフライドチキンは頼んであるから。
尾崎 あー、食べ物の趣味も似たようなものがあるかもしれません(笑)。
村上 チーズはね、ブルーチーズ。
尾崎 結構好きですね。いつも、アレを食べるときはバーボンのオンザロックとか・・・・・・。
村上 ブランディとかね。でも、尾崎君はビールが好きなんだ。
尾崎 やっぱりあの、のどごしのよさはビールがいちばんですね、お酒飲む前とか。
村上 ビールがうまい時って、すごい気持ちのいい時なんだよね、フィジカルでさ。ビールがずっとうまい人生送りたいよね。
尾崎 なるほど、そうですね。(しみじみ)。
村上 いやあ、こうやって会ってさ、話が通じると思うから尾崎くんの顔を見れるわけだけど、
ロッカーとは知らなくてパッと街で会ったら、オレ、多分顔を見れないと思うよ。なんていうのかなあ、突然殴られたり、
ナイフで刺されたりしても ─悪い意味じゃないですよ─ 決してそれが異常じゃない雰囲気もってるんだよね。
折り合いのつかない獰猛な異物を飼ってるというか。だからこそピュアなんだと思うけどさ。
今、いくつだっけ?
尾崎 24です。
村上 オレも19とか20の頃ってそうだったと思うんだ。それは、誰でも一度は通過するってもんじゃなくてさ、
一生持たないヤツだっているんだけどさ。ただそういうヤツがどこへ行ってしまったんだろうっていうくらいにいないのね。
突っ張ってるヤツだってなりは怖いんだけど、目つきとか怖くないもん。すごくシステムとか制度の奴隷になっているような顔してる、
みんな。で、あらゆるシステムから除外され、それを蹴ったフリーなヤツなんていうのはさ、凶暴なんだよ。
うん、尾崎豊の目は異常だよ、何か表現しなかったら狂っちゃう人だと思う。
尾崎 僕はすごい昔から表現することが好きな人間だった。小学校3年の時に書いた詩がハナマルだったってことに、
因果関係があるんじゃないかと思うんですけど。で、たて笛とか、
ピアニカとかを音楽の授業でやりながらだんだん音楽が好きになって、井上陽水に出会って染まっていっちゃったんですけども、
表現していくっていう意味では、必ず人に伝えたい、上手に自分の気持ちをわからせたいと常に思ってたんです。
でも、他人は誰も理解する態度を示してくれたことがなくて。今でもそうなんですけど、ずっと、何でわからないんだろうって。
自分の美意識みたいなものを追求していると、純粋に生きている人間とそうでない人間と、ふた通りあると思うんですよ。
で、人間は純粋に生きている方が素晴らしいって、子供の頃からそう思ってて。そういったものから始まって、
恋愛があったりいろいろするわけですけど、愛が深まれば深まるほど、自分が表現していることが伝わらなくなって、
自分がしようと思っていることや考えていることがわかってもらえないっていうふうなことになってくるんですよね。
今でも僕は、やっぱり人間、心が美しく浄化されていなければ意味がないという気持ちでいっぱいなんですよ。
そういう気持ちのなかで僕はいろんなことを試したり、いろんなドアを叩いて開けたような気がする。
でも、キミはホントにいいコだね、というふうに誰かのお父さん役になってあげることがずっとできないんです。
そういう自分の弱さを抱えて、純粋になろうとしながら人間はずっと競争し合ってるような感じがするんですね。
それが僕の表現したいことの原点になっているんじゃないかって、ここまで年を経て、いろんな事件を起こしてしまったけれど、
いろんなハードルを超えていくたびにそういったことをより強く感じるようになったというような気がします。
だからある意味で僕よりも人生経験豊富な方の生き方には、やっぱりこういう生き方なのかってうなずく時もあれば、
でも自分はこういうふうにしたいってもっと強く思う気持ちがうまれることもあるんです(一気にしゃべり終わって、一息ついて)、
どうでしょう。
村上 わかるわかる。支離滅裂だけど。
尾崎 そうですか(苦笑)。
村上 僕の方が年上で、ノウハウとか情報が多いからわかると思うんだけど、
結局社会的な評価が自分を救わないってことだと思うんだ、オレ。
尾崎 あー(深く息をついて)、なるほど。
村上 新聞でね、村上龍は才能があるって言われたらうれしいよ。うれしいけどさ、そんなもん根元的な救いになんないんだよね。
じゃ、根元的な救いはなにかっていうと、そんなもんないんだよ。ないんだけど表現すればさ、救いになんないかもしんないけど
─たまには救いになるけどさ─ 悪化を妨げるっていう。でも、それくらい謙虚な表現でないと、受け入れられないと思うよ、オレ。
だってこの国はひどい状態だけどさ、ひどい状態なりに受け手のクオリティは上がってるからね。
だからさ、くだらないものは売れないんだよ、今。売れる人間っていうのは限られてるし、その売れる努力はしてるもん。
尾崎 それとすごく似たようなことなんですけど、今の僕より少し下の世代ってなに考えているのかホントにわからないって、
昔、暴走族だった友達なんかと話すことがあるんです。でも僕はそういう世代に一番近いところでメッセージを投げかけたりしてるから
いつまでも見続けていなければいけなかったりするんですが。
駐車場に車を置きに行くとそこでシンナー吸ってるヤツらがいたりする。すると、あー、俺がもう一歩踏み込んでやれば、
こいつらに何かできるかもしれないっていう、ちょっと金八先生みたいな気持ちが生まれてくる(笑)
ああいう若者を見てると、中が空洞のチョコレートのお菓子っていう気がするんですよ。
膨大な情報だけは与えられて周りはうまく包んでいるんだけど、真ん中にあるのはく・う・きみたいなふた言み言だけで。
努力してる人っていうのは、そういう真ん中の所を味わい深くさせようと考える人だったりする気がします。
純粋か純粋じゃないかっていうことはまた別かも知れないけど、ある種の物欲とか、
そういった欲望にだけ流されていくみたいなことになると、けっこう難しい問題になっていくな、と。
「煩悩即菩提」っていうふうに仏教の言葉では言うんですけど、煩悩がなければ悩まないだろうし成長もしないだろうし。
いつまでも解けない問題を抱えて人生を過ごしていくような気がするんですけどね。
そういった感じはしませんか、今の若者たちを見てて
村上 僕ね、自分より年下の人に対しては、ホント、言う言葉ないんだよね。よくほら、人生相談やったりする人いるでしょ。
僕はああいうことは絶対したくないと思っているから。そりゃあ、だらしないなあって思うところいっぱいあるよ。
あるけど、どんどん管理のプレッシャーは強まっているわけだから。オレなんかの若い頃はまだね、ひょっとしたら明日、
価値観が変わるかもしれないっていうのあったもの。オレの一学年上が東大入試なかったりさ。
一生懸命勉強しても入試がないっていうのは痛快なことですよ。だから勉強したってダメなんだよって言えるじゃない。
ひょっとしたら大学に入るよりおもしろいことがあるかもしれないって思えたんだよ、少しは。
今ってそんなこと全然思えないもの。このプレッシャーっていうのはすごいと思うよ。
尾崎 自分なんか生まれた時からランクづけされてたところがあるような気がします。都営住宅に生まれて、オヤジが公務員で。
で、自分はがんばってもやっぱりこれくらいにしかなれないのかなって。
ある意味すごく体制が決まっちゃっていて、先生に話に行こうにも教育問題がうるさくて先生も身動きが取れなくて、
殴られるままになっていたりとか、殴りっぱなしになっていたりとか。子供心にホント行き場がないなって思ってましたからね。
村上 沈殿しちゃってさ、どこにも流れるところがないからさ。そういう年下の人の痛みとかわからないんだけど
─わかるって言ったらおかしいからさ─ 道を外したらおしまいだ、みたいなプレッシャーはオレよりはるかに強いと思う。
でもね、正直言って興味がないんだよね、若い人に。だって、自分のことのほうが大事だから。
ただ、興味がないっていってもね、僕は10年前に較べたらはるかにレベルの高い受け手だと思ってるから。
クリエイターにとっては厳しい批評家だと思う、若い人の方が。
ニセモノを祭り上げて喜んでいるのはヘンな大人たちだけで、若いヤツにきちんと受け入れられているのは努力している人
だもん、それなりに。努力っていうとみんなバカにするけどさ、努力していないヤツはパーだぜ、ホントに。
尾崎 僕がちょうどデビューした頃って、努力とか根性とか青春とかいう言葉がものすごく陳腐だと思われていた時代だったんですよね。
その中で僕が、そういった意味合いも含めてああいった歌を歌ったものだから半信半疑だったんですよね。
実際に自分の中で起こっているようなことをあるがままに書いて、思うがままに曲にしてたから、
これがわからないヤツはそういうことを知らないヤツなんだろうって思うだけだったんですよ。
実際わかってくれたのかどうかはわからないけれど、共感を得たヤツはいたんじゃないかっていう手応えは・・・・・・。
村上 そりゃあ、いたんだよ。いっぱい。
尾崎 ええ、だから次に歌うときには、その痛みを一緒におぼえたうえで歌ってあげよう、みたいな気持ちが。
ある種のヒロイズムであったのかも知れないな、と今更ながら反省してるんですけどね(笑)。
でも、思い返してみると、あの時はみんな一生懸命で、なのに誰ひとりとして自分のことを語らなかったし、
それをうまく表現できる人もいなかったから、うまく表現できる人間になってあげようと思う気持ちはあったのかもしれないですね。
それは、オヤジが僕に表現することのおもしろさを教えてくれたからなんだと思います。
ウチのオヤジは空手と尺八の先生なんですよ。で、短歌もやっていたんで、僕も詩を書いたり短歌を書いてみたりしてて。
僕がいちばん最初に書いた短歌っていうのが、山登りに行った時に創ったもので
「父のあと 追いつつ下る 山道の 木の葉漏る陽の かすかに射せり」っていうものなんです。
つまり、親の姿を見て子供はいつまでも成長していくんだっていうものなんですけどね。なんだか取材っぽいことしゃべってるな(笑)。