性を超えた想像力
尾崎 教授の『千のナイフ』とか『B−2UNIT』とか聞くと僕はすごく触発されるものがあるんですよ。
で、今「変貌」という小説を書いてるんですけど、ああいう音楽に何がいちばん不的確でなおかついちばん合っているかというと、
「女の魔性」のような気がするんですよね。
坂本 (思わずのけ反って)そう?(笑)
尾崎 女って男以上に嘘つきなところがあったりするような気がするんですよ、僕には。その「女の嘘」っていうものが
音楽の持っている魔術みたいな物をすごく似てるから、その旋律にすごい深い意味を感じ取ってしまったんです。
坂本 音楽はある意味で女性的なものかもしれない。女性的っていっても難しくて、男がいう場合と女性がいう場合とで違うから、
多分僕らが言ってるのは、僕らが勝手に作りあげているイメージの女性、その魔性という気もするけど、
確かに音楽に女性的な部分は多いと思いますよ。
尾崎 確かに。あと中性的なものに立つこと、僕は多いんですよ。
坂本 多分僕も同じだと思うけどさ、もちろんイメージの中だけの問題でしかないんだけどさ、自分が女性だったら、という想像は良くするよ。
尾崎 そうですよね。
坂本 言葉を書いてたら、当然起こることでしょ。
尾崎 例えば、僕の歌の中でも、女の人の言葉みたいなのがたまに出てきますからね。そう考えてみるとホントに・・・・・・。
なんて言うのかなー、作ってる時って・・・・・。
坂本 性を超えるんだよね
尾崎 そうなんですよ。
坂本 性を超えて行ったり来たりできないと、そういう想像力がないと作れないと思うのね。もし自分が男性であるというところに
完全に寄りかかって、そこからだけの眼差しで物書いたり、曲作ったりしたら全然おもしろくないと思う。
尾崎 アレン・ギンズバーグが、「私は誰とでも寝るナントカだ」って、自分の信念みたいなものを書いていたんですが・・・・・・。
坂本 そうなんだ。それは知らなかったけど、僕もよくそう思うな、僕が女だったら、ホントにいい女だって(笑)
尾崎 僕も自分が女性だったら、と考えることはあります。あまりにも理想としている女性に近づけないからかもしれないし、それが現実だと見
極めてしまうのがあまりにも淋しいからかもしれないけど。
坂本 僕、ちょっと異常なのかもしれないけど、小学校五、六年の時に自分が女になった夢見たんだよね、。それでなんと、犯されるんですよ。
尾崎 はあー(ちょっと驚いて)。ポリスの「DE
DO DO DO,DE DA DA DA」っていう曲の中には、
「学問が私をレイプする」っていうような歌詞があるんですが、そういう気持ちとてもよくわかるんですよ。
男はマンモス一匹とる獲ってくればいいっていう力だけのところから始まって、芸術や学問が起こっていくわけですけど、
学問や芸術を集約するのも男性だったりするようになると、集約する場に立つ男性っていうのはやっぱり、ある意味中性で、
自分の作った学問にまでにもレイプされてしまいそうになりがちだったり、レイプされてしまっている、
と言っても過言ではないかもしれないと言う気がしますね
坂本 そういう性を超えるような想像力そのものも、モトを正せば男性的なものかもしれないっていうことになるよね(笑)。
尾崎 そうですね。うーん、でも、文明の進化とともに女性をの差が段々狭まっているような気がするんですよ。
女性は女性の立場をとり続けている気がしてならないけど、男性は繊細になっていけばいくほど、
性という領域を超えたところでものを作りだそうとしているような。
坂本 それでも結局は男性的な行為かもしれないよね、実は。女性には関係ないものかもしれないし、わかんないな。
でも、現象的に見ると、そういう面はあるかもしれないよね、もちろん女性のミュージシャンもたくさんいるわけだから、
ものを作っている行為とか働きっていうのは、彼女たちもわりと僕達と似てるのかもしれないね。
それぞれが常に二十四時間男性だったり女性だったりするわけではなくて、あえてどちらか、
と言わなくてもいいような作業も、お互いにしてるのかもしれないという可能性もあるよね。
尾崎 深い・・・・・・なるほど!(感心して)。
坂本 (苦笑しながら)単に思いつきで、話を受けて言っているだけなんだけど。
尾崎 ぼくはN・Yにいる間ずっとひとりだったんですけど、僕のなかにあるいくつかの既成概念をN・Yで純粋に追い求めていくと、
精神的なものが最後に取り残されるようなところがあったんです。そんなとき、本当にこの人だったら気を許せるな、とか、
この人だったら何かを預けていいなと思う相手に、自分とその人は男同士なんだけども、
ある意味で男と女の友情に近いものを感じてるんですよね。このまま温もりを感じてしまったら・・・・・・。
坂本 まずいな、と(笑)。
尾崎 結構こういうものなのかな、ま、いいかって(笑)。そこまでいっちゃったらまずいですけど、すっとひとりで、しかも精神的なものなかで暮
らしていくと、渇望するものってそういうものなのかなって思いましたね。
坂本 ゲイ的なセンスっていうのはクリエイターに絶対必要なわけ。
で、具体的に見ているわけじゃないけど、ゲイにはふた通りあるような気がするのね。ひとつはとても男性的なゲイね。
男性的なるがゆえに女性に対して男性の眼差しでイメージを押しつけてしまって、それを女性達に裏切られ、
恐怖を感じてゲイになってしまう。もうひとつのたいぷは、性を超えようとするゲイね。
だから全然押しつけない、男に対しても女に対しても、男性的であること、女性的であることを要求しないために、性を超越してまう、
実際に抑圧された社会の男性のゲイっていうのは前者のような気がする。
尾崎 確かに社会環境がゲイを生み出してるんですよね。
坂本 そう、それで自分の内部に閉じ籠もるという非常に内部的な人間が多いような気がするのね。
で、僕は自分の内部に閉じ籠もるのがとても嫌いな人で、むしろ開くことに興味があるから
後者のタイプとしてのゲイ的なセンスはあるのかなって思うんだけどね。なってもいいような気もするんだけど(笑)。
尾崎 僕も時がくればいつかは・・・・・・。
坂本 いい人が現れれば、とか(笑)。